熊本の県南に位置する芦北・津奈木・水俣エリアは豊かな海や山がある『食材の宝庫』。この連載は、その時期に旬の食材の生産者と、その食材を使った料理を提供するお店を紹介するシリーズです。
取材協力:水俣・芦北観光応援社
不可能と言われても挑戦した
「完熟」のスイートスプリング
熊本県の南部に位置する津奈木町。海と山に囲まれ温暖で自然豊かなこの地域では、漁業や柑橘類の栽培が盛んです。
その中でもひときわ注目を集めているのが、今回の主役・スイートスプリング。
11月下旬〜1月中旬を収穫時期とする柑橘類で、種のない温州みかんと甘酸っぱい八朔から生まれたみかんです。
みかんと言えば橙色を想像する人がほとんどですが、スイートスプリングは青々とした表皮のまま食べ頃を迎えます。
その見た目からは想像できない甘さと爽やかさを持ち合わせ、知る人ぞ知るフルーツとして愛されています。


そんなスイートスプリングが青色から黄色になるまで「完熟」させている農家がありました。
不知火海を見下ろす急斜面で柑橘類を育てる生産者の吉野芳美さん。
普通では考えられない無肥料栽培にいち早く取り組み、他の農家よりも甘いスイートスプリング作りに成功。
通常は雪などの冷害のリスクを避けるために青い状態で収穫されますが、吉野さんは糖度を高めるために、あえて木に成らせたままで完熟させた上で収穫をしています。
元々、甘夏やでこぽんなどの柑橘類を育てていた吉野さんは「青いスイートスプリングも十分美味しいんだけど、完熟の美味しさを知り、この美味しさをもっと知ってもらい喜んで欲しい」と一念発起。
学び、挑戦し、挫折するなどを繰り返し、今では津奈木町で唯一の“完熟スイートスプリング生産者”となったのです。

こだわっているのは無肥料栽培という点だけではありません。
一時期は“幻のみかん”と言われるほど、スイートスプリングの育て方は容易ではなく、地域の有志で作った部会で勉強会を重ねていました。
その中で着目したのが“切り上げ剪定”という剪定方法です。
通常、果樹においての剪定と言えば、木を大きく実がなりやすくするために縦へ伸びる枝などを切っていましたが、部会で取り組んだのは下や横に伸びた枝、細い枝を剪定する方法。
上向き・内向きの枝を残す事で、植物ホルモンの関係で強い木に育ち、たくさんの実がなるのだそう。
ただ美味しいだけでなく、常に美味しいものを作るための探究心と努力が、津奈木町の甘いスイートスプリング、吉野さんならではの完熟スイートスプリングを育てるのだと知ることができました。


美味しさに惹かれた人と
思いを受け、バトンを繋ぐ人
ここに吉野さんの作る完熟スイートスプリングに魅了された人がいます。
『つなぎ百貨堂』の所長・松本修平さんです。
松本さんは吉野さんの作る完熟スイートスプリングを“奇跡のフルーツ”と讃えます。
「元々、育てるのも大変なスイートスプリングを、ましてや完熟させるなんて…リスクが高い事をしているなと思ったんです。
だけど、食べてみた時の味が忘れらないほど美味しくて。この味をもっといろんな人に知ってもらいたいと思い、お店での販売を始めました」と松本さん。
といっても完熟の生産者は吉野さんただ一人。
店頭でもなかなかお目にかかれず、購入できた方からは感謝の手紙が届くなど、じわじわとファンを増やしています。

また、店頭にはスイートスプリングを使った加工品として果汁100%のジュースも販売。
果実が青いうちに収穫したものは爽やかな酸味が、木成りのまま完熟されてから収穫したものは深い甘味が楽しむことが出来、お土産品としても喜ばれているそうです。

もう一つ訪れて欲しいのが、同じ町内にあるケーキ店『あん・さんく』。
創業23年目になるケーキ店で人気なのが、スイートスプリングを使ったケーキ“プリンセス”(400円)です。
大ぶりのスイートスプリングの下には、舌触りの良いカスタードクリームとチョコのスポンジ。
それらをスイートスプリングのジュースで作ったゼリーが支え、酸味と甘みが独特のハーモニーを奏でており、食べた後はすっきりとした後味さえも感じます。
「津奈木町に来た人に、こんなに美味しいフルーツがあるという事を知って欲しい」と話すのは、この店の二代目・長友美波さん。
「スイートスプリングを津奈木町の特産品に」との思いを受け、美波さんの父が商品開発に乗り出したというエピソードを聞き、町全体で一つの願いを抱え動いていたたくさんの人がいたんだな、と胸が熱くなりました。



町をあげて取り組んだスイートスプリングの生産。その中でも「完熟」という奇跡に立ち向かった生産者。
生産者の思いに感銘を受け動いた販売店。
美味しさを届けるべくスイーツに昇華させた職人。
ずっと大切にしていきたい町の在り方が、ここ津奈木町にあったような気がします。
つなぎ百貨堂
Information
つなぎ百貨堂
- 住所
- 葦北郡津奈木町岩城1601
- 電話番号
- 0966-78-2000
- 営業時間
- 9:00~18:00
- 休み
- 第1水曜
- リンク
-
つなぎ物産ギャラリー グリーンゲイト(つなぎ百貨堂) / TOPページ
あん・さんく
Information
あん・さんく
- 住所
- 葦北郡津奈木町大字小津奈木2113−88
- 電話番号
- 0966-78-2472
- 営業時間
- 10:00~19:00
- 休み
- 水曜