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KUMAMOTO・STYLE

【KUMAMOTO STYLE vol.23】竹﨑 健太郎さん

熊本のカルチャーと共に育ったタンクマ。同じように洋服や音楽など様々なカルチャーに触れてきたカッコイイ人たちのルーツを探ります。

  • 情報掲載日:2019.12.18
  • ※最新の情報とは異なる場合があります。ご了承ください。

あなたの街のカッコイイ人にこだわりを聞いてみました

【竹﨑 健太郎】御船町出身・在住の39歳。自動車販売、修理を行う『GARAGE TAKE AUTO WORKS』の代表取締役。“肥後神楽”保存の為の青年会を発足。中原神社にて2019年12月31日23:00から行われる元旦祭に向けて活動中。
【竹﨑 健太郎】御船町出身・在住の39歳。自動車販売、修理を行う『GARAGE TAKE AUTO WORKS』の代表取締役。“肥後神楽”保存の為の青年会を発足。中原神社にて2019年12月31日23:00から行われる元旦祭に向けて活動中。

町興しとかではなく、
“残さなければいけないもの”だと思ったんです

 “肥後神楽”をご存知だろうか。その歴史は古く、数百年以上前から行われていたという説もある伝統芸能だ。しかしながら、時代の流れと共に後継者不足、資金不足等により、県内各地に残ってきたこの伝統は薄くなりつつある。
 竹﨑さんが生まれ育った御船町上野地区も、760年以上の歴史を持つ同地区内に建立する『中原神社』にて肥後神楽の伝承を100年以上続けてきた地域だ。家族代々、受け継いできたということもあって小さい頃から肥後神楽に触れ、小学生の頃から実際に舞い始めた竹﨑さん。「当時は出店や相撲大会もあって賑わっていましたね」。しかしながら思春期が訪れ、地域の行事への参加意識も低くなっていき、高校生頃になると肥後神楽とは完全に離れてしまっていた。
 そこから月日が流れ、転機が訪れたのは2019年の9月。上野地区で竹﨑家同様に肥後神楽を伝承してきた現在の神楽長から、人手不足の連絡を受けた。「ずっと今まで連絡が無い中、初めて相談を受けたんです。その時に、『あぁ本当に人が足りていないんだ』と感じました」。かつての賑わいを取り戻すべく、竹﨑さんは消防団を中心に声をかけ、すぐに青年会を発足。地元に伝承する肥後神楽を残していく一歩を踏み出した。「町興しとか、そんなものでは無くて、純粋に残さなければいけないものだと感じたんです」。御船町上野地区で新しいスタートを切った伝統芸能。竹﨑さんの止まっていた時計の針はまだ動き出したばかり。

肥後神楽で使用する道具
神楽を舞う時に使用する神聖な道具。右手に鈴、左手に剣を持ち勇壮に舞う姿は圧巻。木彫りの鬼面は中原神社で肥後神楽が行われるようになった当時から現存する貴重なもの
神楽を舞う時に使用する神聖な道具。右手に鈴、左手に剣を持ち勇壮に舞う姿は圧巻。木彫りの鬼面は中原神社で肥後神楽が行われるようになった当時から現存する貴重なもの
『中原神社』に残る写真
「昭和10年」と記された貴重な資料写真。服装や写っている人たちの表情から、当時の雰囲気と伝統の重さを感じる。伝統のバトンは途切れることなく、令和元年、頼もしい若い世代へしっかりと伝承された
「昭和10年」と記された貴重な資料写真。服装や写っている人たちの表情から、当時の雰囲気と伝統の重さを感じる。伝統のバトンは途切れることなく、令和元年、頼もしい若い世代へしっかりと伝承された

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