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KUMAMOTO・STYLE

【KUMAMOTO STYLE vol.23】吉澤 敏治さん

熊本のカルチャーと共に育ったタンクマ。同じように洋服や音楽など様々なカルチャーに触れてきたカッコイイ人たちのルーツを探ります。

  • 情報掲載日:2019.12.19
  • ※最新の情報とは異なる場合があります。ご了承ください。

あなたの街のカッコイイ人にこだわりを聞いてみました

【吉澤 敏治】熊本市在住の51歳。喫茶店『小龍CAFE』(熊本市中央区上通町)のオーナー。ブルース・リーをこよなく愛し、所有グッズも多数。かけた金額は家1軒建てられるほどだとか。大の音楽好きでもある。
【吉澤 敏治】熊本市在住の51歳。喫茶店『小龍CAFE』(熊本市中央区上通町)のオーナー。ブルース・リーをこよなく愛し、所有グッズも多数。かけた金額は家1軒建てられるほどだとか。大の音楽好きでもある。

自分よりも大きい相手に
立ち向かっていく姿に憧れました

 数々の伝説と実績を残してきたアジアのスーパースター“ブルース・リー”。彼に魅了されたファンは世界中にいるだろう。そして、吉澤さんもその1人である。父親に連れて行かれ、生まれて初めて見た映画が『燃えよドラゴン』だったのは、ある意味運命だったのかもしれない。「その時は半裸の人がワーワー言ってるなぁという感覚しか無かったです」。スクリーンを通しての初対面は、そのくらいの印象だった吉澤さんが、なぜここまでブルース・リーを愛しているのだろうか。それは小学4年生の環境の変化がきっかけだった。
 「当時、いじめられっ子だったんです。“強さ”に憧れを持っていた自分に勇気をくれたのが彼でした」。2m級の黒人に果敢に立ち向かうブルース・リーの姿は、当時の吉澤さんの心に深く響いた。自分のお店を持つようになってからは、さらにその熱はヒートアップ。貴重なグッズがあれば東京や大阪にも何度も足を運び、アメリカや香港などの縁ある土地にも20回以上訪問した。ブルース・リーの共演者、親族にも会った吉澤さんが一番心震えた瞬間は、シアトルに眠る本人の墓前に立った時。「墓参りをした時は本当に感無量でした。子どもの頃からの夢だったので」。
 吉澤さんが物心ついた頃には既に他界していたスーパースター。もう既に居ない、妄想するしかない、そんな限られたコミュニケーションだからこそ、ブルース・リーへの想いはどんどん膨らんでいっているのかもしれない。

ブルース・リー着用モデルのサングラス
大のサングラス好きだったというブルース・リーが特にお気に入りだった“TART OPTICAL”のこちらのモデル。1973年にメーカーが生産停止しており、入手困難な1本
大のサングラス好きだったというブルース・リーが特にお気に入りだった“TART OPTICAL”のこちらのモデル。1973年にメーカーが生産停止しており、入手困難な1本
ブルース・リーのライフマスク
1960年代に放映されたテレビドラマ“Green Hornet”の出演時に型取られたライフマスク。髭の跡や質感など、ブルース・リーの鼓動を感じる逸品
1960年代に放映されたテレビドラマ“Green Hornet”の出演時に型取られたライフマスク。髭の跡や質感など、ブルース・リーの鼓動を感じる逸品
ブルース・リーの直筆サイン
吉澤さんのコレクションの中で、最も価値があるという貴重な直筆サイン。当時購入した金額から、今は10倍以上の市場価値が付いているのだとか。直筆サインを証明する為のブルース・リーの奥さんのサインも所有
吉澤さんのコレクションの中で、最も価値があるという貴重な直筆サイン。当時購入した金額から、今は10倍以上の市場価値が付いているのだとか。直筆サインを証明する為のブルース・リーの奥さんのサインも所有
共演女優“ノラ・ミャオ”の直筆サイン
度々ヒロイン役として共演していた“ノラ・ミャオ”の直筆サイン。東京のイベントで来日した際に書いてもらったという
度々ヒロイン役として共演していた“ノラ・ミャオ”の直筆サイン。東京のイベントで来日した際に書いてもらったという

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