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ロアッソ熊本・巻 誠一郎、現役引退。 今の想いを語った8000字、引退会見レポート

「サッカーとは僕の人生の全てですよ。本当に全てです」

  • 情報掲載日:2019.01.18
  • ※最新の情報とは異なる場合があります。ご了承ください。

熊本出身のプロサッカー選手で、2018年シーズンまでロアッソ熊本に所属していた巻 誠一郎選手が現役引退を発表した。2006年ドイツワールドカップに出場し(ジーコ氏の会見で一躍時の人となった)、その後はロシア・中国へ移籍するなど、16年間にわたってプロ生活を歩んできた後の引退。今彼の胸に去来する想いとは?会見の模様をここにレポートする。

 まず、こんなにたくさんの方が来ていただけると思っていなかったので、入った瞬間ちょっとビックリしちゃいました。僕、巻誠一郎は、2018シーズンをもちまして、引退させていただくことになりました。引退会見は初めてなので(笑)、何を喋っていいかちょっとわからないんですけど。でもまず、いちばん最初に話したいことは、本当に16年間のプロサッカー生活を選手として送らせていただきました。その中でこれだけ長い間、プロ選手を続けて来れたというのは、僕1人の力では成し得なかったことかなと、改めて思っています。
 ずっと応援してくださるサポーター、ファンの皆さん、そして、近くで支えていただいたクラブスタッフの皆さん、一緒にプレーしてくれた選手の皆。何より、プロ生活をずっと近くで支えてくれた家族の支えがなかったら、ここまで長い間、プロ生活できなかったなと思って、本当にこの16年間、ありがとうございましたという、感謝の気持ちが今はいちばんかなと思ってます。何から喋ろうかなというのがあるんですけど……質疑応答を受け付けませんっていうくらい、全部喋っちゃおうかなと思うんですけど(笑)。でも、本当にこの引退を決断するまでに、自分の中で何回も自問自答しながら考えました。やはり、一時的な感情であったり、一時的なこの想いだけで現役を引退するっていうのは、ここまで培ってきたものを台無しにするんじゃないかというのもちょっと思ったりもして。そういう中で非常に悩んで、ここまでクラブの方々には非常に申し訳なかったと思うんですけど、この発表まで、これだけ長い期間をいただきました。そういう中で、僕がこのタイミングでっていう決断に至った理由としましては、このロアッソ熊本というクラブが、僕の中で最後のクラブにしようという覚悟を持って帰ってきました。
 最後は、生まれ育った自分の街のクラブで引退できるのは幸せなことだと思ってましたし。そういう中で自分が辞めるっていうのは、ある意味いろんなタイミングかなと思って。自分がロアッソ熊本に入るときに、このクラブの中で自分の価値がしっかり発揮できるように、自分の価値を上げられるように来ました、という話をしました。熊本でプレーする中でも、自分のパーソナリティであったり価値っていうのを非常に大切に、プレーしてきました。こうやってメディアの方に取り上げていただいたり、そうするとやっぱりクラブの皆さんとしては、クビにしづらいかなと思いますし(笑)、自分の中で負担になるようなタイミングまではプレーする気持ちもなかったです。自分の価値がこのクラブの中に還元できなくなったら、プロ生活を辞めようと。そういう強い覚悟と、自分の中では信念を持ってプレーしました。どこまで僕自身がこのクラブに、そういうものを還元できたのかというのは、僕自身はわからないですけれども、少なからず、多くの方に支えられながらも、このクラブが全国の皆さんから応援していただけるようなきっかけは作ることができたんじゃないかなと思ってます。そういう中で、昨シーズン、J3降格というのは非常に情けないといいますか、僕自身も、なかなかピッチの中で貢献できない。出場時間も短く、苦しんでいるチームメイトを見ながらも、なかなか自分がピッチの中で影響力を与えることができない。そういう中で、勝てないクラブというのはどこかしらギクシャクして、バラバラになる。そういう時に僕のパーソナリティがいちばん発揮できると思っていて、その中でもなかなか1つになって勝利するというものに近づけなかった。というのがやっぱり、引退を決断した大きな理由。あとはクラブが思い描く未来のビジョンと、僕自身がそういうものを築いていく中で思い描くものが、最後、リンクできなかったというのが、もう1つの理由ですかね。
 何度も迷いましたし、発表する前まで毎日ジョギングしながら自分の身体はちゃんと保とうということは考えてましたし、「今ならまだ間に合うよ」って言われながら(笑)、ここに立ちましたけど。やっぱりこの場に立っても意思は変わらないなという気持ちがあったので。やっぱりそれが僕の素直な気持ちなのかなと思います。特に熊本に来てからは……来てからも、ですかね。多くのメディアの皆さんにもお世話になりましたし、ロアッソ熊本・巻誠一郎を常に取り上げていただいて、熊本県の皆さんがロアッソ熊本を応援するようなムードを作っていただいたり、全国のメディアの方にも、熊本の復興であったりいろんなことに対して伝えてくださったりっていうのは本当に、この場を借りて感謝と御礼に代えて、ひとまず僕の挨拶にしたいと思います。長いのかどうかわからないですけど、16年間というプロ生活、皆さん支えていただいて本当にありがとうございました。

――16年間のプロ生活、お疲れ様でした。まず引退発表から一夜明けた気持ちとしては、すっきりされているのか、心境を教えてください。

 正直、サッカー選手をやめることに対しては、やり残したことだったり、ああやればよかったなぁとか、もうちょっとこうしておけばよかったなぁということは、たくさんあります。いろんな人の引退の様子を見ていたら、もうやりきりましたという人もいるかもしれないんですけど僕はそうじゃなくて、すごい、やり残したことがたくさんあるなぁと。後悔はしていないですけど、たくさんあります。多分、僕自身、これが40歳になっても50歳になっても、ピッチに立ち続けている以上は満足できないのかなと。家に帰って何回も考えたんですけど、本当にこれでいいのかなと、俺、後悔しないかなと。やり残したことはいっぱいあるなぁっと思ったけど、ここから先、10年20年サッカー続けたとしても、多分ずっと同じこと言ってるだろうなと思ったんですよ。なので、そうであれば、今だな、このタイミングだなというところはあるので。その点ではある意味、スッキリ、スッキリはしてなくてモヤモヤもしてますけど(笑)、覚悟はあります。

――その中で、いちばんやり残したと考えることは?

 やっぱりロアッソ熊本をJ3に落としてしまったまま現役生活を終えるというのは、熊本を、ロアッソを応援してくださった皆さんに対してもそうですし、クラブの方に対してもそうですし。これから未来を切り開いていこうとしている選手、仲間たちもそうなんですけど、それは申し訳ないなという思いと。あとはやっぱり、なかなかチームがひとつになれなかった中で、もう1回ひとつにすることができなかったというのが、いちばんですかね。

――今後のビジョンを教えてください。

 クラブからは引退の話をした時に、何かしらの形で残ってもらえないかという話はいただきました。非常にそれはありがたいこと。とはいえ、一度ロアッソ熊本というものを、今まではいちプロサッカー選手、いちクラブの中でしか見てこなかったので、また違う角度、側面から、一度いろんなものを見てみたいと。具体的に、大きなことは何も決まってないんですけど、やりたいことはたくさんあって。僕はいろんなことに興味を持って、興味を持ったらすぐに行動してチャレンジする性格なので。熊本では地震がありましたし、復興支援をずっとやらせていただきました。その中で感じたのは、スポーツ選手の価値っていうのはいろんな子ども達を笑顔にするし、大人の方も幸せになってもらったり笑顔にできる、そういう力を持ってるなということを学びました。今後は子ども達が夢を持って未来に向かってチャレンジしてもらえるような、そういう活動はやりたいことのひとつです。子ども達の夢のサポートをしていただきたいなと。ひいては日本の子ども達の、そういう夢を作るためのサポートができたらなという風に思ってます。あとはやっぱり、継続的な熊本の復興支援、そんなに大きなことができるかわからないんですけど、そういうものを全国の皆さんに発信することであったり、熊本の皆さんとともに歩んでいくってことは、引き続きやっていきたいと思っています。あとは日本サッカー界にも非常にお世話になりましたし、日本のサッカーの中で僕は生活してきましたので、何か日本サッカーの発展のためにできることがあれば、というか、できることを今後探して、微力ながらもお手伝いできることがあればなと思っています。現役中もそうだったんですけど、自分のために何かをやるっていうより、誰かのために動くっていうのが好きっていうか、自分の性格上合ってるのかなと。自分のために何かのエネルギーを発信するのと、誰かの為にエネルギーを使うのだったら、エネルギーの大きさが僕の中では違うなと。自分の内に秘めるエネルギーっていうものを、最大限に出していきたいなと。そうなった時には誰かの為になることを中心にやっていくっていうのは考えてます。

――解説業やクラブでの指導は現時点では?

 やっぱり僕自身も16年現役生活をやってきましたし、海外でも多少ですけどプレーさせてもらって、たくさんの監督のもとで指導を受けてきました。たくさん指導を受けた分、いろんなことを学ばせていただいたんですね。自分が学んできたことってのは、日本のサッカー界に……そんな大きなことは言えないな。自分が好きなサッカーに還元したいなという思いはあるので。すぐに指導者というのは言ったらどうかなと、できるのかなというのはありますけど、いずれはもちろん、指導者の道でというのも思ってます。

――しばらくは熊本を拠点にするということでよろしいですか?

 家族も熊本にいますので、熊本でやりたいこともありますので、もちろん熊本でも活動しますし、いろんなニーズがあれば、もちろん全国に。僕は立ち止まることができない性格なので、全国どこでも、僕を必要としてくれる人だったり、ところがあれば、行きますし、走り回りたいと思います。

――16年間、現役生活を続けてきた中で、現在の巻誠一郎を作っているものといいますか、原点になっている出会いですとかライバルの存在、この試合とか、いかがでしょう、いちばん印象に残っている人や試合は。

 出会いという部分に関しては、すごく恵まれてて。小さな頃から指導者も含めて出会う人出会う人にいろんな刺激を受けましたし、たくさんのことを学ばせていただきました。今まで出会った指導者の方々の、影響を受けたのが今の僕だと。誰って言われるとたくさん名前が出ちゃうくらい、いろんな方にお世話になって、影響を受けてきました。その中でも、人生を左右する、すごく大きな影響を受けたのは、高校時代の平岡(和徳)監督です。平岡先生の名前は外せないかなと。あとはやっぱり、僕がプロに入ったいちばん初めに、サッカーというものを教えてくれた(イビチャ)オシム監督ですね。最初入った時には、「誰だこんなラグビー選手を連れてきたのは」っていうくらい、無骨だった僕をですね、一応人並みのサッカー選手に育てていただいたので。あとは、駒澤大学時代の秋田(浩一)監督にもね、やっぱり。そうやっていくといっぱい挙がっちゃうので、でもその人たちは本当に、僕の人生の中で大きな影響を受けました。印象に残る試合とかシーンもいろいろ考えたんですけど、自分のゴールとか、思い浮かばなかったです。自分のゴールを振り返った時には、泥臭い、きたないプレーしか思い浮かばなくて(笑)、やっぱりなんかちょっと、絵面的に綺麗じゃないなと。でも、その中でもいちばん僕が素晴らしい空間にいれたな、これがサッカーだなって思ったのは、2008年のジェフユナイテッド千葉で奇跡の残留と言われた時の、フクアリでの最終戦は今でも鮮明に覚えてますし、僕がサッカーをやる上での、根本的な考え方の原点になってます。僕、サッカーって11人でやるスポーツで、11人で結果を左右する、追い求めるものだって少なからず思ってたんですけども、あの空間にいて、サッカーって、プロサッカークラブっていうのは、サポーターが選手の足を動かし、サポーターの皆さんが試合を左右することができる、そういう素晴らしいスポーツなんだなということを改めて感じられた瞬間でした。

――今後の活動については復興支援についてもお話になっていたんですが、熊本地震直後に、皆の力でもっといい熊本を作っていきたいと言われていました。漠然とした聞き方になるんですが、こういう熊本にしていきたい、なってほしいという思いの部分はいかがですか。

 熊本地震っていうのは、ないに越したことはなかったと僕は思ってて。でも起こってしまったものは仕方がないというか、前を向かなきゃいけないと思ってて。そういう中で、熊本の人たち、地震が起こる前よりも皆さんが寄り添いながら、歩み寄りながら歩んでいくっていうのを、地震の後いろんなところで活動させていただく中で、強く感じたことだったんですね。今後、より良い熊本を作っていくためには熊本の皆さんがもっと熊本愛を出していただいて、もっとロアッソ熊本を応援していただいて、もっと熊本ヴォルターズを応援していただいて、熊本のスポーツを応援していただいて、皆で熊本を盛り上げていくことが大切なんじゃないかなと思いますので、僕は陰ながらといいますか、側面から、微力ながら、何かできたらなと思ってます。

――2016年の熊本地震は、振り返ってみて、巻さんにとってどんなものだったんでしょうか。

 少なからず、僕の人生を左右するような大きな出来事だったかなと思ってます。やっぱり、地震で僕自身も多くのものを失いましたし、それを取り戻すというより、もっと大きなものを得るために現在もこうやって走り続けてますけども、日本代表でワールドカップに出た時は、あまり人目に触れたくないなとか、メディアの方々の前で話すのは嫌だなとか、なるべくそっとしておいて欲しいみたいな思いが少なからずありました。でも、ああやって地震の時に、全国のいろんな、サッカーのみならず、本当にたくさんの肩から支援していただいたんですね。その時、僕の問いかけにも、「あの、ワールドカップの巻ね」っていう形で皆さん反応していただいたりもしましたし、熊本の中でも、お爺ちゃんお婆ちゃんでも「あー、あのマキね」っていうことを言っていただけて、それで寄り添うきっかけにさせていただいたので。なければ良かったことなんですけど、あの地震はやっぱり、僕の人生の中ですごく大きかったなと。
今までのサッカー人生で培ってきたものは間違ってなかったなと再確認できましたし、これから先の未来も、今の自分で、今までの自分でありたいと思えるような、そういうきっかけでもありましたし。もっともっと自分自身を大きくする必要もあるなと感じる出来事でもあったので、大きかったですね。

――熊本での5年間で、いちばん明確に心に刻まれているシーンを教えていただきたいのと、県民の皆さん、サポーターの皆さんへのメッセージを聞かせてください。

 やっぱりJ3に降格してしまった試合というのは忘れられないですし、忘れちゃいけないかなと思いますね。もちろんポジティブなことも言いたいんですけど、それはやっぱり現実として、しっかりと受け止めるべきものだと思ってますので、その申し訳ない気持ちだったり、ふがいなさだったり、悔しい思いというのは、自分に力がなかったなという思いは、しっかりと自分の胸に刻みたいなと思ってます。熊本の皆さんにという部分では、僕は生まれも育ちも熊本で、本当に熊本の地で、熊本の空気、大地で育ってきました。最後は熊本でプレーさせてもらうことができて、どこまでこの熊本に、いちサッカー選手として残すことができたのかはわかりませんけれども、ただ僕がもらったものっていうのは非常にたくさんあって。普段、街ですれ違っても、皆さんに「頑張ってよ」っていう声をかけていただいたり、「体に気をつけてね」とか言っていただけたり、多くの方にスタジアムに足を運んでいただいて、たくさんのエネルギーをいただいて。やっぱり熊本で生まれ育って、地元のクラブでこうやって声援を受けてプレーできるって、幸せなことなんだなっていうのを改めて、いま感じてますし、そういう意味で本当に感謝の気持ちでいっぱいで、ありがとうございますっていう言葉しか、出ないですね。今後も熊本でも様々な活動をしていきますので、また新たなパワーを、なんでもくれくれじゃダメだと思うんですけど(笑)、いただきたいなと。その分、僕は熊本に対してしっかりと還元できるような人間を目指して、次のステージに精進していきたい、そういう風に思ってます。まずは今まで、プロサッカー選手としての巻誠一郎を応援していただいてありがとうございました。そしてこれからは、熊本人の巻誠一郎として、よろしくお願いしますと、そういう思いですね。

――ワールドカップ出場は巻選手のサッカー人生の中でどういう影響があったのか、どんなものだったのか、お聞かせください。

 やっぱり、サッカー選手をやっている以上、ワールドカップというのは夢の舞台ですし、一度は立ってみたいと思う場所でしたので、本当に素晴らしい経験をさせていただいたと思ってます。やっぱり、日本代表でプレーするというのは大きなプレッシャーもありましたし、僕はよく責任という言葉を使わせていただくんですけど、何気ないひとつのプレーにも責任があって、何気なくプレーするということが許されない空間でしたし。ひと言ふた言発するのでも、いろんな方々にいろんな影響を及ぼす、そういう世界だったと思うんですね。で、超一流の選手というのはそれが自然にできるのかもしれないんですけど、僕はどちらかというとそういうタイプの選手ではなかったので、そこは苦労したといいますか。メディアの皆さんにも、少なからず「巻は下手だ」とか、たくさん叩かれましたんで(笑)、聞きたくない、耳を塞ぎたくなるようなこともありましたけど、そういうのも含めていい経験だったなと思いますし。でも、いい思いもたくさん、メディアの方々にはさせていただきましたし、その両方を知ることができたのは、僕の中ですごくポジティブなことだったなと。あと、超一流のプレーヤーと対戦したり、一緒に時間を共有させていただいたということは非常に大きな財産で、先日、中澤(佑二)さんと、楢崎(正剛)さんと、川口(能活)さん、小笠原(満男)さんと、いろんな方々が引退されましたけど、彼らから学んだものがたくさんありましたし、自分の能力を上げる努力を怠ると、すぐにそのレベルから下に落ちてしまうということも学びましたし、普段からの準備の大切さであったり、そういうものも身近で学ばせていただきました。本当に学んだことだらけで、前でこうやって話すのは苦手でしたけど、非常に素晴らしい経験をさせていただいて、多くのものも学ばせていただいたなと思いますので、次はね、今度は僕が、いろんな方々にこの経験を還元できるように、頑張りたいと思います。

――小笠原さんとか、数々のベテランから学んだことがあるということですが、実際に今も人生訓にしていることや、日常生活の中で、熊本に来てからポリシーを持ってやり続けてきたことであったり、地震後に精神的な柱になったようなことで、先輩から学んだことがあれば教えてください。

 本当に多くのことを学びましたけど、その中でもやっぱり、諸先輩方から学んだことで本当に大きかったのは、本当に日頃の準備であったり、自分ができることを増やすチャレンジを怠らない。ワールドカップの舞台に立たせていただいたり、節目節目で大きな出来事があった時に思うんですけど、地震の時もそうですし、普段からしっかりとした準備をして、普段からしっかりとした取り組み、心構えを持っていないと、いざという時に人はもろさが出るなと。もろさが出るし、ある時はうまくいったとしても、ある時はうまくいかなかったり、人生の中でどこか穴が出ちゃうのかなと。そういう意味で諸先輩方は、そういうものを本当に、日頃のトレーニングから怠らずに、常にポジティブで前向きにチャレンジ精神を持ってやられてたので。それは僕の財産といいますか、今後、僕もそうやって、1人の人間として生きていきたいなという思う部分ですかね、いちばん大きかったことっていうのは。

――ここまでずっと話しされてきたことというのは、巻選手自身が代表の先輩から学んだことも含めて、今季J3を戦うチームの選手たちにも有効で必要なことだと思いますが、8週間後に始まる新シーズンを戦う選手たちに伝えたいこと、期待することを教えてください。

 期待することは、やっぱりJ2に1年で復帰することで。僕が伝えたいことというのはそんなに、こうやってクラブを離れる人間なので。僕は常日頃から思っていることだったり伝えていることがあって、やっぱりクラブよりも、価値のある選手はいないと僕は思っていて。やっぱりクラブがいちばん大事な存在だと思ってるんです。で、その下に監督がいて、選手がいる。なのでそういうバランス、構造が崩れるということは、クラブとして、僕はあってはならないと思ってましたので、僕は本当にいち選手として、できる限りの事をやろうというスタンスでやってきました。ですから、いち選手がそんなに伝えられることはあんまりないのかなと思いますけど、でも、陰ながらといいますか、ちゃんと、応援します(笑)。

――巻選手にとって、サッカーというのはどういうものなのか、教えてください。

 サッカーというのは、僕の人生のほぼ大部分を占めるもので。サッカーを通して人間性を築いてきましたし、サッカーを通して社会性を持たせていただきましたし、サッカーを通してコミュニケーション能力を培わせてもらいましたし、サッカーを通して頑丈な体も作らせていただきましたし。全て、サッカーを通してということがつくので、もう、サッカーとは僕の人生の全てですよ。本当に全てです。

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