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TANKUMA SPECIAL INTERVIEW

TANKUMA SPECIAL INTERVIEW vol.42 三川 華奈『ピルスナーウルケル』公認バーテンダー“タップスター”

ビールに関わる全ての人たちの想いをこの手で伝えたい

  • 情報掲載日:2019.10.16
  • ※最新の情報とは異なる場合があります。ご了承ください。

ビールに関わる全ての人たちの想いをこの手で伝えたい

ラガー、ペールエール、ピルスナー、スタウト……。ビールの種類を表す言葉はいろいろあるが、あらためて考えてみると何が何だか分からない。ここで少し整理してみよう。まずビールを大きく二つに分類すると、上面発酵で造られる「エール」と下面発酵で造られる「ラガー」に分けることができる。そして「エール」の中にペールエール、IPA、スタウトなど、「ラガー」の中にピルスナー、シュバルツ、ボックなどさまざまなスタイルのビールがあるのだ。
 今回の物語に出てくるのは、「ラガー」の中のピルスナースタイルのビール。実は、日本で飲まれている黄金色のビールのほとんどが、このピルスナースタイルに入る。「いやいやそんな事はいいじゃないか、ビールはおいしく飲めれば何でもいい」。そんな声が今にも聞こえてきそうだが、そのビールも、管理方法や注ぎ手によって味ががらりと変わってしまうのだ。
 1842年にチェコで生まれた『ピルスナーウルケル』は、ピルスナースタイルの元祖となるビールだ。ハラディンカ、シュニット、ミルコという3種類の注ぎ方があり、全く別のビールかと思うほど味が違う。そのため、注ぎ手も注ぐのが怖いと思うほど。その伝統的な注ぎ方を習得し、こだわりの製法や歴史を熟知した者だけに贈られる“タップスター”という称号を、日本人女性として初めて取得したのが、現在『ビアレストラン オーデン』(熊本市中央区下通)で働いている三川華奈(みかわはるな)さんだ。海外へ一度も行ったことがなかった彼女が、なぜチェコへ飛び、どんな経験をしてきたのか。その旅の一部始終を聞いた。

ビールとの出会い
きっかけは「音楽」だった

 三川さんは平成3年生まれの28歳。落ち着いた佇まいとしっかりとした受け答えが“タップスター”としての貫禄を思わせるが、話をしているとあどけなさやかわいらしさがまだまだ残る。何より輝く笑顔がとても印象的な女性だ。
 生まれも育ちも熊本。大学も、就職先のオーデンも熊本。「福岡に憧れたこともあるんですけど、いろいろ考えてみたら帰省するのが面倒だなって(笑)。交通費もかかるし、それよりも私はバイトをしてお金を貯めたいと思っていたんです」。貯めたお金は何に? と聞くと、「結局貯まりませんでした(笑)」とちゃめっ気もたっぷりだ。
 母親の意向で2歳からピアノを習い、小学校では器楽部で部長を務め、中学・高校では吹奏楽部が無かったためバスケ部に入部。大学でまた音楽をやりたいと思いオーケストラのサークルに。実はこれがオーデン、そしてビールとの出会いのきっかけとなる。サークルのOB・OGが代々オーデンでアルバイトをしていたり、指揮者の先生が長くお店に通っていたりしたこともあり、演奏会の打ち上げをオーデンで行うことに。お店の雰囲気や働いている人たちを見て「こんなお店でアルバイトができたら楽しいだろうな」と思ったのだそう。

もともとは一つの事を
突き詰めるタイプではなかった

 大学2年生、つまり20歳の時にオーデンでアルバイトを始めた三川さん。80種類以上のビールを扱うビアレストランで働くには全く何も知らない白紙の状態だった。むしろ、周りの人たちから「ビールは苦い」と聞いていて、お酒に対してあまり良いイメージを持っていなかった。ただ、お客さんに聞かれたときに答えられるよう試飲をしたり、先輩や店長にビールについて質問をしたりする日々の中で少しずつ三川さんの中に変化が生まれるように。「初めのうちはあんまりおいしいとは思えませんでした。ただただこんな味だとか、これは飲みやすい・飲みにくいとかで必死に覚えていました。その積み重ねの中で、ビールって面白いんじゃないかとだんだん思うようになっていったんです」。
 もともとは、何か一つの事を極めるのが苦手だったという三川さん。「ピアノは大体弾けるようになったらやめたし、バスケも大体ルールが分かって大体動けるようになったらやめちゃった(笑)。ここが限界かなって、自分の中で決める癖があったんです。でも、ビールの世界は全然終わりが見えなかった」。世界各地でさまざまな製法で造られ、味、香り、軽さ・重さなど無限に存在するビール。オーデンで日々奮闘する中で、「まだまだ頑張りたい。ビールの世界はこのお店の中だけじゃない」と感じるように。そんなある日、店長から思いがけない誘いを受けることになる。『ピルスナーウルケル』の日本での販売元・アサヒビール株式会社から“タップスター”認定プログラムのお誘いがあったというのだ。

アジアの“ヘッドタップスター”がオーデンに!?

 “タップスター”認定プログラムはチェコ・ピルゼンで行われ、5日間の研修と、最終日に試験を受けるというものだった。チェコに行く前に、国内での選考試験もある。現地で見ることができる『ピルスナーウルケル』の醸造所、製造過程、造っている人たちの熱意に触れてみたいと興味を持ち、店長に「行きたいです」と伝えた三川さん。だが、その日家に戻りふと我に返ってみると、そもそも海外に一度も行ったことがない、パスポートを取ったこともない……。大丈夫なのかという不安に一気に襲われた。
 国内の選考試験は通常東京にあるアサヒビール本社で行われるが、試験官を務めるアジアのヘッドタップスター アダム氏が「せっかくだから地方に行ってみたい」と、熊本まで面接に来てくれることに。「アサヒビールの偉い方々やうちの社長も来ていて、実際にビールを注いでみせた時にはすごく緊張しました。その後、アダムさんが『じゃあもう面接は終わりだから一緒に飲みましょう!』と言ってくださって、一気に緊張がほどけましたね」と三川さん。その数日後、お店に国内選考通過の連絡が。うれしくて涙が出るとともに、今度はチェコ行きのプレッシャーがじんわりとのしかかってきたのだった。
 いよいよ出発の日。トランジットを含め、チェコまで飛行機で約15時間。現地では朝9時から醸造所見学や座学、午後は実際に町のバーでビールを注ぎながら研修、一日が終わると試験のために復習をして、寝るのは深夜3時ごろ。想像以上にハードな毎日だったが、楽しさと高揚感で日々充実していたという。そして迎えた最終日。三川さんは8人中2番目に実技試験が行われる部屋に入ることに。運命のドアが開かれたのだった。

造り手がビールを造り
注ぎ手がビールを完成させる

部屋に入ると、先生たちが何人も並ぶ前で実際にビールを注ぎ、提供するまでを行う実技試験。ものすごい緊張感の中、これまで学んできた『ピルスナーウルケル』の造り手の人たちの想い、そして、自分の手によってそれを最高の一杯として完成させること、その気持ちを全てぶつけた。三川さんが注いだビールを静かに口に運ぶ先生たち。おもむろに顔を上げてニコッと笑った第一声は、“Congratulations!(おめでとう!)”だった。「後で合格発表があると思っていたので、『えっ! 何? 受かったの!?』ってすごくびっくりしました。モーニング娘。の曲以外で“Congratulations”を生で聞いたのは初めてでした(笑)」と言うから三川さんらしい。帰りの飛行機の中では、機内食以外はずっと爆睡。日本人女性初の名誉ある“タップスター”は、うれしさと安堵感に包まれて空の上でしばしの休息を取ったのだった。
 日本に戻った三川さんの表情は、これまでとは少し違っていた。「注ぐ時の気持ちや重みが全く変わりましたね。『ピルスナーウルケル』はもちろんですが、他のビールも全部、材料を造る人から最後の注ぎ手まで、それぞれがそれぞれの役割をしっかり全うしてこそおいしいビールが飲める。それを意識するようになりました」。
 今後の夢を聞くと、「ドイツやベルギーなどヨーロッパ各所の醸造所を回ってみたい。チェコがそうだったように、ここで思っていることと現地に行って思うことは違うはず」と目を輝かせる三川さん。彼女が注ぐ一杯はこれからもきっと格別な味がするに違いない。そして皆さんの人生にもチャレンジや発見、喜び、そしておいしいビールが溢れますように。「ナストラビー!(乾杯!)」

プロフィール/三川 華奈(みかわ はるな)
1991年、熊本県生まれ。熊本学園大学在学中に『ビアレストラン オーデン』でアルバイトを始め、卒業後に入社。今年6月、アサヒビール株式会社が日本国内で販売しているチェコのビール『ピルスナーウルケル』の、“タップスター”認定試験に見事合格。日本人女性初という快挙を成し遂げた。
1991年、熊本県生まれ。熊本学園大学在学中に『ビアレストラン オーデン』でアルバイトを始め、卒業後に入社。今年6月、アサヒビール株式会社が日本国内で販売しているチェコのビール『ピルスナーウルケル』の、“タップスター”認定試験に見事合格。日本人女性初という快挙を成し遂げた。

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